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他力と自力と

育児に追われるおじさんの、日記代わりの備忘録です

しばらくはインプットで

今回は、ちょっとネガティブな心情吐露で恐縮なのですが・・。


ここ数年、何事も頑張ることができていません。
そして何一つ結果を出せていません。


自分でいうのも何なのですが、自分の特徴は頑張れる、頑張り続けられるところにあると思っていました。目標があればそれに執着して、毎日毎日コツコツと情熱を持って取り祖むことに充実を感じてました。
周りの人からは「熱い」と言われたり「面倒くさい」と言われたりと、そういうタイプの人間だったのです。
他にとりえが無かったのですが、言うなれば「目標への執着力」「継続力」とでもいうものが、今の言葉でいうと「強み」だと思ってきました。

 

ですので、目標を立てるのは好きでした。
年に一つぐらいの目標はずっと生活の一部としてあり、逆に若い時などは、目標が無いと時間を無駄にしてしまっているような焦りを感じていたほどでした。
生活上の優先順位の最上位に置き、試行錯誤して工夫をしながら万全の準備をして、目標を達成できたときの喜び。
逆に失敗してしまった時は、悔しさと情けなさで泣いてしまうほどの執着だったのです。

 

ところがここ数年、目標は立てれども頑張れなくなりました。
そもそも目標の達成に対する執着が湧かないのです。

 

一応立てた目標に対して毎日の生活習慣の中で時間を作ったとしてもただこなしているだけ。取り組むのも惰性と言うか意欲無く、辛いのを我慢しながら必死に取り組んでいるのですが、身になっている実感がゼロなのです。

 

それは結果にも現れます。
一昨年久しぶりにマラソンに半年以上準備に時間掛けても取り組んでみましたが、その過程でも何の変化も実感できず、太った体も戻らず、本番では自己最低記録。いまだにみじめな肉体をさらしています。
今年は3年も連続でシステム監査試験も不合格、しかも今回は初めての午後1敗退となったという有様。


一昨年のマラソンまではそんな状態でも半年以上あがいていたつもりですが、ついにここ1年ぐらいは限界が来たというか、ゼロになりました。奮い立だせようとしても意欲が湧いてこないのです。

この意欲が湧いてこないというのがここに来て、目標のみならず仕事に対しても家族に対しても、人生の全てに対してそうなってしまったのです。

 

理由は分かりません。
加齢のせいかもしれませんし、感じている以上に育児による負担が心をむしばんでいるのかもしれません。

 

ただ、もしかしたら・・というものを見つけました。
先日街のポスターに、「心に火を付ける」というありがちなフレーズが書かれているのを見て思ったのですが、今の私には外から火をつけようとしても燃やす燃料が心に無いことに気付いたのです。
以前はうずうずした燃料が満ちていた気がするのですが、今は本当にカラッポ。
毎日ちょっとだけ湧く燃料も、日々のルーティンをこなすエネルギーになるだけで枯れてしまうような、まったく貯蓄ができていないと感じました。

この燃料を「気力」と仮に名付けてみた場合、この気力が無くなっているのが原因なのかもしれないと思い至りました。
こう思うと腑に落ちた感じがしました。

 

このままではいたくはない、と思います。何年も放置されている目標も達成したい。
ですが今の私には、取り組む気力が本当に無いんです。

 

そこで一度気力を充満できるような方法を考えてみました。
それは、アウトプットを強いるのをちょっと休んで、しばらくインプットの時期にしようというものです。

インプット・・とはいえ今の自分の時間が全く持てない状況は変わりません。

ですが、試験勉強などを止めてしまえば始業前や昼休みなどに時間は取れます。そこで考えたのが「本によるインプット」です。若いころの自分は本からいろんな刺激を受け、言葉に救われていたのですが、今は試験や仕事以外の本は年に一冊も読めていませんでした。

このブログを書いていても、どんどん語彙が無くなってくるのはずっと自覚していました(笑)。

 

これで自分にもう一度意欲が湧くようになるのかは分かりません。ですが、すがるような気持ちで今回はこの方法を試してみようと思います。
頑張れていない、アウトプットが何もできていない自分はちょっと受け入れて、火を着けたら燃え上がるような気力の材料を、しばらく本の言葉に力を借りて得てみようと思います。

 

グチグチと失礼いたしました。

長々とグチグチ書けるだけの気力はあるじゃないか(^ ^;