才能がある人が丁寧に仕事をすると、こんなに素晴らしい映画ができるんですね。
2014年:日本
監督:呉美保
映画は全く詳しくないのですが、好きでたまに観ています。
映画館にはなかなか行けないので、レンタルDVDでの鑑賞が主になります。
どんな映画を見たか、すぐ忘れてしまうので、備忘のための感想駄文です。
※以下ネタバレありなので、ご注意ください。
重く暗い映画なのですが、本当に丁寧に作られていて手触りの良い素晴らしい映画でした。褒めるところしか感じられなかったので、その素晴らしさの一部だけ書き残そうと思います。
役者さんの素晴らしさ
まずなにより、役者の皆さん素晴らしい!
みなさん本当に素晴らしいのですが、特筆したいのは千夏役の池脇千鶴さん!ちょっと肉付きの良い二の腕やぼさぼさの髪、だけどあどけなさの残る表情など、千夏というキャラクターを文字通り体現していました。ヌードのシーンやセックスシーンもありましたが、その相手によって全く印象が違います。達夫にとって魅力的な、中島にとっても離れがたい存在であることに説得力がありました。
そして中島役の高橋和也さん、最悪の男(褒め言葉)。この中島の見事なまでのゲスさが、この物語全体を覆う閉そく感と不穏感をもたらしています。
綾野剛さんも「はまり役」と感じるほどにこちらも達夫役を体現していましたし、菅田将暉さんは仮面ライダーダブルのフィリップ役しか知らなかったのですが、この「どうしようもないバカだけどカワイイやつ」という演じるのが難しいであろう拓児そのもの。
この映画ではそれぞれのキャラクターの存在感・実在感が際立っているように感じました。
演出の素晴らしさ
存在感・実在感について書きましたが、それは役者さんの演技はもちろん、その演出の巧みさもあると思います。私にとってこの映画の最大の魅力は、この演出の丁寧さでした。
例えば登場人物の存在がこの一時のためだけ取り繕ったものではなく、本当にこの映画のようなコミュニティがこの世界にはあって、それぞれどのようにこの町で生きてきたのか、どのようなしがらみや関係性の中どう影響を与えあいながら今にいたるのかが、彼らのちょっとしたたたずまいやふるまいから垣間見えます。映画としてはこの一時しか切り取っていませんが、彼らは確かにそれぞれの過程を描きながら生きてきて今に至ったんだということを、ちゃんと受け取れるのです。
各設定の描写も容赦ありません。映画冒頭、初めて達夫が訪れたときに示される千夏の家族の底辺描写。暮らしている建物はもちろんですが、千夏や拓児の自宅での行動一つ一つにこの家族の常識というものが映しだされ、それがやはり彼らのどん底っぷりを見事に表現しています。初めて来た客への態度、千夏が作る料理のチョイス、そしてその作り方の酷さ、それをフライパンから食べたり自分のスプーンで達夫に取り分けるところ、冷蔵庫にやかんを入れて水を冷やしているところなどなど、細かい表現が積み重ねられています。そしてそれらは千夏も拓児も決して悪い人間ではなく、彼らにとってはそれが常識なのだと感じさせます。それによってこの底辺っぷりの根の深さを見事に思い知らせてくれるのです。開始からわずか10分程度でこの情報量。この後千夏が働いている風俗にたまたま入りこんだ酔った達夫が「8000円」と聞いて思わず笑ってしまったことも、この底辺描写を観た後なので納得できるのです。
また地元のしがらみから抜け出せない停滞感というか閉そく感を表現するのに、中島が町のどこでも顔が効いて、それぞれちょっとずつ不正をして互助している様子が示されます。監査の日程を中島が知っていて教えてくれたり、金を払う代わりの領収書は空白であったりなどなど。コンプライアンスなどと言っても鼻で笑われるようなつながりが蓋をして、千夏たちの生活に希望がないことを感じさせるのです。
このような丁寧な演出が数え上げればきりがないほど。しかもセリフに頼ったり感情を煽るような音楽ではなく丁寧に丁寧にディティールが積み重ねられている、全ての設定に強烈に説得力を持たせているのです。
ストーリー展開の素晴らしさ
冒頭の達夫への印象に始まり、千夏一家の底辺っぷりに感じた重み、拓児の人懐っこさ、中島への怒り、少しずつ感じられる希望、そして食堂でついに空が見えた瞬間「このまま映画終わってくれ!ハッピーエンドになってくれ!」と思わされ、当然そうはならず抜け出せない中島のゲスな支配への怒りと絶望、そしてそのどん底の絶望の中訪れた朝日に照らされた二人の笑顔に感じる神々しさ・・。
脚本なのか演出なのか私にはわからないのですが、巧みなストーリーで観ている私の感情はきっと監督さんの意図通りに動かされていると感じながら観ていました。しっかりと丁寧に作りこんだこの映画の力だと思います。
また好きだったのが最後千夏が父の首を絞めている場面でその音を聞いた達夫がげんなりするシーン。観ているこちらはハラハラするのですが、ちゃんと登場人物と観客が何を知って何を知らないか、情報の出し入れをしっかり把握しているからこその名場面ですよね。脚本なども本当に丁寧に作られていると感じました。
まとめ
しつこくてすみませんですが、音楽も本当に素晴らしかったです。ピアノの、しかも単音だけにこれほど切なくて感情が揺さぶられるとは。それはもちろんストーリーと映像とマッチしていたためだと思います。映像も素晴らしかった。
素晴らしい素晴らしいと本当に褒めるだけの感想文で恐縮なのですが、ありとあらゆる要素が丁寧に作りこまれて、その完成度の高さがこの映画の印象をいっそう切なく、重く、そして美しいものにしていると感じました。
ずっと寄る辺のないような、悲しい結末になりそうな重い雰囲気の映画なのですが、朝日に光る二人のラストショットは不思議に心が救われたような、ふわっとした見事な後味に着地します。
呉監督恐るべし!お勧めです。