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他力と自力と

育児に追われるおじさんの、日記代わりの備忘録です

「キャリー」 感想 ネタバレ

古いようで普遍的な人間ドラマでした。

 

1976年 米国

監督:ブライアン・デ・パルマ

映画は全く詳しくないのですが、好きでたまに観ています。

映画館にはなかなか行けないので、レンタルDVDでの鑑賞が主になります。

どんな映画を見たか、すぐ忘れてしまうので、備忘のための感想駄文です。

 

※以下ネタバレありなので、ご注意ください。

 

 

 

世界的名作のひとつ、初めて観ることができました。いまさら私ごときがどうこう言うような作品では無いと思うのですが、とても面白かったので感想だけ書き残してみようと思います。

 

ホラー作品?

この作品は某レンタルショップで探したところ、ホラーのコーナーにありました。確かにサイコキネシスで人々が虐殺されるシーンを考えるとホラー的ですが、現代の目からするとそれほど恐怖を感じるような描写ではありませんでした。

また、映画は1976年の作品であり、物や風俗にはさすがに時代を感じます。どう見たって、クラスメイトのモシャモシャな髪よりキャリーのさらっとした髪のほうがセンス良く見えちゃうので、「いけてない感」は当時意図した演出通りには感じられなかったのかもしれません。

 

むしろ感情移入して観る映画

どちらかというとホラーというよりは、普遍的な人間ドラマとしての側面を感じましたし、その点では現在の視点からでも十分に通用するというか、面白かったです。

・いじめの話

スクールカーストの話

・親との関係性

・宗教の問題

・人を憎む気持ち

・どうしようもないバカ若者

などなど、現代と全く変わらないテーマがちりばめられていて、心揺さぶられたのです。人の内面や人同士の関わりというのは、時代が経ても変わらないのだなぁと感じました。特に、私は主人公のキャリーに感情移入してしまいました。

 

不憫すぎるキャリー

映画は、キャリーが体育の授業の後、最後の一人としてシャワーを浴びているときに初潮が始まり、パニックを起こすところから始まります。この時、他のクラスメイトからタンポンやタオルを投げつけられてからかわれます。

このシーン、決定的にキャリーがいじめられていることと同時に、他の生徒(怒りのあまり、以降アバズレと呼びますね)共の非道さを表現しているのですが、更に「生理を知らなかった」ということが、彼女の母親の異常性を表す見事な演出なんですね。

彼女の母親は狂信的なキリスト教信者であり、原理主義的思考をキャリーにも押しつけます。特に性的なものを極端に嫌悪していて、彼女が成長と共にその枠をはみ出そうものなら、それを罪として罰を与えようと、叩いたり自分を責める言葉を強制したり、お仕置き部屋に閉じ込めます。そんな毒親にもけなげに向き合うキャリーがかわいそうでかわいそうで。

 

いまや何を観ても親目線になってしまう私には、元々もう2年後から順に始まる学校生活がチョー心配。もちろんそれぞれが、自分なりの方法を探しながらその中で立ちふるまっていくのでしょうが、耐えきれないこともあるかもしれません。できるだけ親としては、逃げ場所であったりポジティブな気持ちになれる存在でいたいと思いました。。などと、こんな感じから不憫な彼女に感情移入しまくりでした。

 

サイコキネシス

キャリーはサイコキネシスの能力を持っています。どうやら初潮と同時にその能力が開花したようです。「奇跡」というキーワードで図書館で本を探して「サイコキネシス」という言葉を調べていたところから、急に身についたように見えました。序盤にチャリンコに乗っているガキンチョがキャリーをからかった時、その能力で自転車を転ばせたのですが、「ヨッシャ!」と思ってしまいました。この映画ではこの能力を「忌むもの」とは表現してないように感じます。

 

まさか。。あのパターン?

金字塔と呼ばれるような名作を観ると、既にそのフォロワーのほうを観ているので、「あ、あのパターンか!?」と感じることがあるのですが、今回もありました。カースト最上位に位置するスーという同級生がいて、この子が彼氏のトミーに「一生のお願い、プラムにキャリーを誘って」頼むのです。

プラムというのはアメリカ映画に良く出てくる高校などの卒業パーティーで、男性が女性を誘ってペアで参加しなければいけないというものだそうです。今でも行われているかはわからないのですが、モロに自分のカースト内での立ち位置を思い知らされるこの恐怖のイベント、カースト上位の方々には花形のイベントなわけです。その大事な場に自分は行かないからキャリーを誘えというのが・・もうあれですね。背伸びさせてよろこばせた脚をガツッと刈って転んだザマを大笑いされるという酷いあれ。

キャリーには唯一、親身になってくれる先生がいて、その人がスーとトミーを呼び出し「なぜそんなことをするの?」と聞くと、スーは「シャワールームで酷いことをしてしまった。彼女にもみんなと仲良くなってほしいから」と答えます。結局ここではスーとトミーの本心はわからないのですが、トミーは半ば強引にキャリーから「Yes」を引き出し、共にプラムに参加することになります。

 

完全なる悪意

そしてもう一人のカースト最上位の女、これこそ丁寧にそのバカさを表現されているクリスはキャリーを嫌っていて、みんなの前で恥をかかせて笑い物にしようとしています。これはもう明確な悪意であり、実際に準備の過程が示されるのですが、この時点で話はもう大分見えてきて、早くも傷ついたキャリーの気持ちを慮ってげんなりしてました。

 

キャリーの成長

キャリーはプラムに行くために、反対する母親と戦います。そしてドレスを作り、口紅を買って、自分を解放し始めます。そしていよいよトミーが来てプラムに向かうのですが、プラムでの彼女はとても綺麗。最初は緊張していますが、少しずつ心を開きだします。自分からトミーの胸に顔を埋めたり、自分を受け入れてもらっていることの喜びも知ります。そしてベストカップル賞(まだ勝ち負けつけるのかい!とアメリカの厳しさを感じましたが)を受賞!

キャリーにとっては色々とチャレンジだったと思いますが、その結果「別の星みたい」と感じるほどの喜びを体験できたのです。その姿が本当にしあわせそうでねぇ・・、私は、「結論はわかる!けどせめて、せめてトミーは騙して無いことにして!」と祈りながら観てしまいました。

 

そして惨劇

キャリーがプラムに来るきっかけを作ったスーも会場に現れました。幸せそうなキャリーを観て喜んでいる様子。「あぁよかった、彼女たちは良心からこうしたんだ。だから今のキャリーの幸せは本物なんだ」とちょっとだけ救われた気がしました。しかも、スーがキャリーにぶちまける豚の血につながっている紐の存在に気付きます。「もしかしたら、奇跡がここで起きるのかも!」とハッピーエンドの可能性をちょっとだけ期待したのですが・・、そんなことには当然ならず、幸せの絶頂のキャリーがどん底に突き落とされました。

その後キャリーの表情は一変します。無表情なのに目を見開いて、サイコキネシスで全員を体育館に閉じ込めます。そして、放水して感電→大火事をおこすのですが、画面が二つに分かれてキャリーの姿と、それに逃げ惑い死んでいく人々を同時に映しています。

私は正直「もっとやれ!アバズレどもを苦しませてぶっ殺せ!」と思ってしまったのですが、彼女の味方であったはずの人も同じように自分を笑っていると思い込んで、先生も殺してしまうんですね。トミーも死んでしまいます。キャリーが誤解してしまったのは残念でした。

あのアバズレカップルは車で逃げ出しますが、何故かその先にキャリーは歩いていて、車を横転させて爆発させて殺してしまいます。もっと痛めつけてやればいいのに。

 

母親との結論

帰宅したキャリーは母親に抱き締めてほしいと頼むのですが、母親はもう自制心を失っていた様子。キャリーという存在は自分の肉欲の過ちであり、だから悪魔として使わされたと思いこんで殺そうとしてきました。キャリーは母を殺すのですが、その描写も絶妙な伏線回収で「さすが名作!」と感じました。

毒親なのに憎めないキャリーは、母親との死骸と共に自宅を潰して死んでしまいます。彼女の世界が広がり始めたはずだったのに・・最後には勘違いもあり母親との世界に戻ってしまったように見えました。

 

まとめ

感想だけ書くつもりが、つい夢中でストーリーも書いてしまいました。それぐらい面白かったです。ドキッとする場面も多くて、最後のアレには本当に驚かされちゃいました。怖さだけでなく、滑稽な場面も多かったですよ。

このキャリー役をまさかクロエ・モレッツちゃんが務めてリメイクが出来るとは・・。シシー・スペイセクさんがあまりのはまり役だっただけにどのような作りになっているのか。こちらも楽しみです。

そいえば特典映像で2001年のシシーさんを観たのですが、とても快活で強気な女性だったので、面喰ってしまいました(笑)。