他力と自力と

家事と育児に追われるおじさんの、日記代わりの備忘録です

「もらとりあむタマ子」 感想 ネタバレ

淡々とした何気ない日常をコメディタッチで描いた、とても良い映画でした。

 

2013年 日本

監督:山下敦弘

映画は全く詳しくないのですが、好きでたまに観ています。

映画館にはなかなか行けないので、レンタルDVDでの鑑賞が主になります。

どんな映画を見たか、すぐ忘れてしまうので、備忘のための感想駄文です。

 

※以下ネタバレありなので、ご注意ください。

 

 

本作は映画館で上映している時から評判を聞いていたのですが観に行けず、先日レンタル化されたので早速最新作のうちに借りてきました。そして評判通り、大満足の作品でした。大いに笑えてジンワリ感動させてもらいました。

 

実在感豊かな演出

物語はミニマムと言っていいほどのシンプルさです。舞台は地方の自宅とその周辺だけ。特に大きな事件が起きるわけでもなく、ある家族の1年間をわずか79分で追っているだけ。なのにこんなにリッチな映画になるというのが、山下監督の力量なのでしょう。

話はミニマムとは言いましたが、この映画ではその世界のリアリティー・・というか実在感が素晴らしくて、日本のどこにでもある当たり前の世界として見えます。話のミニマムさも、私たちの日常レベルと同じ程度で、世界観に合っていると感じました。

それほどの実在感を出せるのは、きっと細かいディティールを積み重ねているのでしょう。舞台となる実家は甲府にあるスポーツ用品店。この寂れた佇まいもさることながら、自宅部分の昭和感というか、旧い作りの民家一面に生活感が詰め込まれていて、まさに「ザ・実家」を演出しています。

そのお店も季節によってポスターが変わったり、ヴァンフォーレ甲府のユニフォームが飾られたりと微妙な変化も起きつつ、お父さんが毎朝看板を出して「営業中」の札を返すなどの、変わらずずっと続いてきたであろうルーティンもあって、このお店が本当にずーっと営業を繰り返しているように受け取れました。

また、主人公であるタマ子は春に髪を切るのですが、夏になると適度に髪が伸びているんですよね。そのような細かい演出がたくさんあるのですが、これ見よがしではなく丁寧に散りばめられているので、本当に現実の世界のように感じられたのだと思います。

 

前田敦子さんのタマ子感

主人公タマ子は、大学を卒業したものの就職せずにこの実家に戻ってきた女の子。まさにモラトリアム期なわけですが、そんなタマ子を演じる前田敦子さんが素晴らしくて!いい意味でオーラが無くてだらしなくて、タマ子って人として実在するようにしか見えません。

タマ子は仕事をせずに実家に寄生しているうえに、家事も手伝わず、日がな漫画を読むか惰眠をむさぼっています。しかも食べ方は汚いわ自らを棚に上げて日本を見下すわと、まさにモラトリアム期の若人としても特にだらしないのですが、前田さんが演じているおかげか愛嬌があって、そのだらしなさを苦笑いしながらも受け止められました。

 

ところで食べ方が汚いといえば、お皿に顔を近づけて食べに向かうのって駄目ですよね。私も先日、あまりにおなかが空いているときに焼きそばを食べようとして、箸で掬うというよりも塊を持ち上げて、顔を近づけて即口に入れるように食べてしまったおんですが、タマ子がロールキャベツを食べる姿を見て、そのことを思い出してしまいました。

 

タマ子を見守る優しい目

そんなモラトリアム期のタマ子を、周りの(狭いですが)人たちは優しく見守っています。お父さんは時々タマ子の態度にイライラして小言を言ったりしますが、その一言でガスが抜けちゃうというか、やっぱり娘が好きで甘やかしてしまうんですよね。毎日手の込んだ御飯を作ってくれます。

父方の親戚も、タマ子の境遇は知っていると思いますが、普通に受け入れています。そして近所の中学生の男の子もパシリにされているように見えて、「あの人友達いないから」などと同情されているのです(笑)。

モラトリアム期の若者を日常として受け入れるような優しさもこの映画には満ちていて、その雰囲気もいいんですよね。

 

二つのモラトリアム

仕事をせずに実家暮らしのタマ子の状況はまさにモラトリアムなわけですが、タマ子はもう一つのモラトリアム期の中にもいます。それは、以前の家族から卒業できていないという件です。

タマ子の両親は離婚しているのですが、タマ子はいつかまた両親がよりを戻して、皆でまた一緒に暮らすことを期待しているようなのです。お父さんが義理の姉に女性を紹介された際、タマ子は動揺します。それは、父親が取られると実家に寄生しているタマ子にとって死活問題であるからというよりも、母親と寄りを戻せなくなるからだと私は感じました。一大事とばかりに母親に電話してましたからね。

両親も姉もそれぞれ独立して新しい人生を歩んでいます。なのにタマ子だけがかつての家族から歩き出せていないのですね。この幼さもモラトリアムと感じました。

 

モラトリアム期の終わりとは

モラトリアムとは、終わることが前提となる時期だと思います。何十年もその状態であるというのは、モラトリアムとは違う言葉になりそうな。

タマ子自身も自分の状況がこのままではいけないとは自覚しているのですが、なかなか自ら脱却へのきっかけを作れずにいます。そのきっかけを作ったのは父親でした。急に「夏が終わったら家を出ろ」とタマ子に告げたのです。

その理由は明示はされていませんが、恐らく紹介された女性と再婚することにしたのではないかと思います。タマ子にとっても晴天の霹靂という言葉だったと思いますが、「合格!」と言って即受け入れます(タマ子は、父が、自分に家を出ろと言えない事を駄目と言っていた)。

タマ子もきっかけを待っていたし、実は父としてもたたずんでいた子離れへのモラトリアム期に終わりが来ることを受け入れたのでしょう。イコール、タマ子にとっての「かつての家族への執着」も諦めることになります。

そのあと、タマ子がほんのちょっと成長するのですが、その描写も絶妙な伏線回収による演出でした。

 

映画は、例の中学生男子とダラダラ雑談し終えたタマ子の「自然消滅って久しぶりに聞いたわ」という言葉で終わります。モラトリアム期って自然消滅はないんですよね。きっかけがあって受け入れて、最後は自力で脱却しなきゃいけない。この映画は夏の間に終わっているので、その頑張りの時期についての出来事は明示されていませんが、きっと刺激的で大変であろうその時期のことを想像すると、このダラダラした期間の物語が、また新たな輝きをもった愛おしいものに感じられるのでした。

 

まとめ

ほんとに些細な文句なのですが、最後に挟み込まれるサービス映像は自分としては見たくなかったな~。それぐらい作り出した世界の現実感の素晴らしい作品でした。前田さんを始め役者の方々のハマりっぷり、そして優しく淡々としつつも、余白部分に熱いものを感じさせてくれました。 

もっと山下監督の作品を見てみたい!

 

日常感溢れる淡々とした作品でストーリーもささいなものなので、人によっては何がいいのか全く理解できない方もいらっしゃると思います。ですが、そういった中にある機微を味わえる方なら、楽しめること請け合いの映画。前田敦子さんのタマ子っぷりを観るだけでもサイコーなので、興味の湧いたかたはぜひご覧になってみては如何でしょうか。