他力と自力と

家事と育児に追われるおじさんの、日記代わりの備忘録です

「宇宙戦争」 感想 ネタバレ

SFの映像部分はとても良かったのになぁ・・・。

 

2005年 アメリカ

監督:スティーブン・スピルバーグ

映画は全く詳しくないのですが、好きでたまに観ています。

映画館にはなかなか行けないので、レンタルDVDでの鑑賞が主になります。

どんな映画を見たか、すぐ忘れてしまうので、備忘のための感想駄文です。

 

※以下ネタバレありなので、ご注意ください。

 

 

 

なんとなく軽い映画を見たい気持だったので、手に取ってみたスピルバーグ監督のSFものです。CMかなんかで予告編を見たような記憶が合って、宇宙人襲来の中家族と逃げ惑う父親ことトム・クルーズの姿を覚えていました。

SFパニック物でトム・クルーズが主人公ということは、そのディティールの差はあれど、話の流れは予想ができてしまうわけです。なのでその程度の期待感で、矛盾点なども気にせずに観たいとおもっていました。

 

またまたモーガン・フリーマン

実際に見てみると、いきなりモーガン・フリーマンの声でナレーションが入ります。人間が微生物を観察するように、地球を侵略するために観察を続けている知的生命体がある、とういようなことをパパっと教えてくれます。それにしても良く出てきますなぁ。声一発でその存在がわかります。

本作ではナレーションのみの出演ですが、ゆかりの役者さんが出てきますね。

 

ダメな父親問題

主人公レイはブルーカラーとしての仕事は優秀なものの離婚経験があり、元妻との間に18歳ぐらいの息子と10歳ぐらいの女の子がいます。この二人を一時預かるところから話が始まるのですが、このレイがダメな父親でして。車という自分の趣味を大事にし、子供たちは命令口調と人格の決めつけで父権を押しつけているタイプ。年頃の兄妹を同じ部屋に寝かそうとしたり、せっかく来た子供たちに宅配モノの食べ物を、しかも本人たちに注文させたり、娘が産まれながらピーナッツアレルギーであることも知りません。こんな様子なので息子には反抗されています。

ですが、いざ常識が通じない場所では強みを発揮しそうな感じはあります。

 

侵略開始も・・

そんなとき、空に竜巻が発生し、その竜巻に向かって風が吹くというおかしな天気になり、風が止んだと思ったら今度は何度も同じ場所に雷が落ちています。なぜか家中の電気が使えません。そういえば世界中でこのような出来事が起きていることが、何度かニュースで流れていました。

好奇心の強いレイは怖がる娘を置いたまま雷の落ちた場所へ向かうと・・地面に穴があいて、割れたコンクリートは非常に冷えていました。レイはそのかけらを上着のぽっけにしまいます。

そこから地面が割れ、3本脚のでかいロボットが現れてみるみる人間たちを灰にしていきます。このシーン、特撮ものとしては本当に素晴らしいです。なのですが、いくつかの問題点から、この辺で私はノイズに感じてしまいまして。。

 

まずこのロボットを撮影するのにハンディのビデオを持っている人間がいて、即消されるという描写があるのですが、電気製品が使えないのに、なんで映っているの?と思ってしまいました。

また、ロボットは走って逃げるレイを追い掛けてきているようで、その周囲の人たちはどんどん灰になります。映像としては圧巻なのですが、やはりそのビームはレイに当たることは無いわけで、その不自然さに映像のテンションとは裏腹に気持ちが落ちてしまいました。しかもロボットがレイを追い掛けていたのは、小石を持っていたからでは無かったようで、しばらく逃げ切るとどこかに行ってしまいます。彼を追いかけてきたかに見えたのは偶然で、主人公の周りにパニックが起きていることを表すためだけだったんですね。この後も小石のエピソードは活かされることがありません。

こういった矛盾がこの後も続いて、なんかこういった部分をノイズを感じて、微妙に乗ることができませんでした。。

 

映像はすごかった

ストーリーに乗ることはできませんでしたが、映像は本当に見事で、お金と技術をふんだんに使っている感が満載です。特に、飛行機が墜落したシーンは、ぶっ壊れた飛行機もさることながら、その周辺のぐしゃぐしゃになった景色もしっかり見せています。背景全体を同じディティールにして映像を取れるというのは、技術もお金もないと難しいのではないかと素人の私には思われるのですが、この映画は至る場面で贅沢な景色を見せてくれました。

また3本脚のロボットは後にトライポッドと名付けれますが、量産型であったようで、やつらが山の上にあらわれるシーンや軍隊と戦うシーン、そして何台も連なって人間を襲っているシーンは圧巻もの。私はでっかいものが好きなので(アホみたいな表現ですが)これらシーンは映画館で観ていたら迫力を感じられたと思います。

 

人間の表現がいまいち・・

なのですが・・その映像の素晴らしさと反比例して、私は話が進むたびにアラばかり気がついてしまいました。普段はあまり矛盾などには気付かないのですし、そうやってみてはいけない映画なのだというのも分かっているのですが、それでもちょっとだめでした。レイはいつも助かってしまう件は差し置けたのですが。

 

理由は、この映画が途中から家族と人間の話を描くようになったからだと思います。敵は圧倒的すぎて、人間はなにも対抗できません。散々と無力さを思い知らされます。そんな中人間はどうなっていくのか、父親はどう判断して家族を守るのか、が描かれます。その分、人々の行動の理屈が上手く掴めませんで。

そもそもボストンの妻の実家を訪ねるという話なのですが、世界中が侵略されているのに、妻がいるとはいえ存否も分からないわけですし、まずは生存することが大事だろうと。そうしたら集団でハドソン川に向かうのもおかしいと思いますし、集団心理の怖さも噂の不確かさも、なんかピンとこなかったのです。

 

親子として重要なシーンがあります。反抗する息子が父を振り切って「見届けたい」と軍とトライポッドの戦闘場所に向かうのですが、父が初めて息子のやりたいことを受け入れます。なのですが、そもそも反抗したいにしても敵は圧倒的すぎて現時点では勝負にならず結果は見えるわけですから、「見届けなければいけないのは、今じゃない」と父としても子としての立場としても思うわけです。

 

敵もイマイチ問題

また、トライポッドを操縦している宇宙人の行動もいまいちよくわかりません。

血を吸って栄養をばらまくのは受け入れるとしても、建物の中に隠れている人間をあんな感じで探すのはさすがに効率が悪すぎるのではないかと・・。あんなでかいのが一人二人を探すという行動が不自然に感じました。もっと人が多いところに行って一網打尽が効率的でしょうよと思ってしまうわけです。せめてあんな建物ごとぶっ壊しちゃえばいいのにとか。

 

最後シールドが無くなったとはいえ、現代のロケットランチャーが通用してしまうというのも半端すぎないかと。。何万年も前からトライポッド開発して埋める技術があるならば、今の人類の兵器で通用するのが不自然に思えるのです。

100年前の武器ならば人間は壊すことはできず、現代ならシールドが取れれば通用する、100年後の兵器なら圧勝。そんなピンポイントの良い時期にわざわざ侵略開始はしたっていうのは偶然にしても都合よすぎではないかと。

 

そもそも細菌なんて、人間よりはるかに研究終わらせておけよと・・。あんなロボットの直接攻撃などというハードウェアの物量攻撃ではなく、研究した細菌兵器なんかで確実に全人類を死滅させるほうが楽じゃないかと。

 

オチは冒頭にあり

結局、地球上のウィルスにやられて宇宙人は死滅します。それって冒頭で伏線があったんですね(というか、気づく人ならネタバレ?)。私は全然想像もつかなかったわけですが。

エンディングは、何故か無事に実家で生活していた元妻家族と、死んだはずの息子もいて、心から抱き合うシーンで終わり。吊り橋効果というやつでしょう(違うだろ)。

 

ショーシャンクのオマージュ?

終盤近く、ティム・ロビンスが出演します。ちょっと狂っていてこの人も理屈がいまいちわからないのですが、穴を掘りながら「穴を掘って地下までいって・・」と言い出すんですよ。もちろん私は「ショーシャンクの空に」を思い出しました。これによってナレーションのモーガン・フリーマン起用の理由が解けました(ってこれも違う)。

 

まとめ

ちょっと野暮なつっこみばかり書いてしまいましたが、私はストーリーには乗れなかったものの、迫力あるパニックシーンはやはり素晴らしく感じました。太刀打ちできない圧倒的な武力に、一方的に殺戮されるシーンは恐怖すら感じました。(・・「アメリカ軍は実際にやっているのに、いい気なもんだ」とも思ってしまいましたが)。

またカメラの工夫も豊富で、例えば数少ない車に乗るシーンにおける、カットを割らないまま車の中や外にカメラが移動ところなどは、演技のへんなテンションも含めて良かったです。

 

借りるときに思っていた通り、話には期待しすぎず、SFの迫力ある映像を楽しむのが良い作品であると思います。