他力と自力と

育児に追われるおじさんの、日記代わりの備忘録です

「はじまりのみち」 感想 ネタバレ

何故だろう、こんなに涙がでてくるのは。

 

2013年 日本

監督:原恵一

映画は全く詳しくないのですが、好きでたまに観ています。

映画館にはなかなか行けないので、レンタルDVDでの鑑賞が主になります。

どんな映画を見たか、すぐ忘れてしまうので、備忘のための感想駄文です。

 

※以下ネタバレありなので、ご注意ください。

 

私は原恵一監督作品でいうと、「オトナ帝国の逆襲」「戦国大合戦」「河童のクウと夏休み」「カラフル」という、有名どころだけ観たことがあるのですが、もちろん全て大好きな作品でして、その原監督の初の実写版ということで鑑賞をとても楽しみにしていました。

本当に素晴らしい作品でした!

 

木下惠介監督の実際のエピソードを描いているそうなのですが、話は地味すぎるほど地味です。

ストーリーとしては、2つの軸があります。

ひとつは、木下監督の監督業の話。木下監督が撮った「陸軍」のラストシーンの母親の描写が検閲に引っかかり、次回作を作れないということになった途端、説得にも耳を貸さず辞表を提出。そして無職となって実家に帰るところから始まります。

もうひとつは、病気になって動けないお母さんを50キロ先の村に疎開させるために、母親をリアカーに乗せて峠を越えるという話。

 

・・・特に二つ目については、私のつたない文章では「それは本当にストーリーなのか?」と思ってしまうようなほんのささいな出来事なのですが、原監督の演出にかかると本当に素晴らしい話に化けてしまうのです!

 

峠を越えるシーンは、動きも無く地味な上、長いんです(笑)。見ている側にも十分に疲労が伝わってきます。正直、バスで行ったほうがよっぽどお母さんも楽だったと思うのですが・・。でも2回目に見直したら、峠越えはお母さんが決めていたんですね。

 

そして漸く峠を越え泊まる宿を見つけるのですが、ここで泣けるシーンが出てきます。それは・・木下監督がお母さんにかかった泥を拭いて、髪を梳かすのです。。って、文章で書くと「それだけかい!」という出来事なのですが、これが何故だか本当に泣けるシーンなんですよね。

まず、タオルを濡らしてもどって来た木下監督とお兄さんは、特に意思疎通をするそぶりも無く、当たり前のように二人でお母さんの身体を起こします。そして木下監督は丁寧に、丁寧に、泥がついた母の顔と首と手をキレイに拭いて、懐から出した櫛で髪を梳かすのです。

その姿に、二人の母への想いが伝わります。そしてその場面の母親こと田中裕子さんの凛とした表情のなんと神々しいことよ!ちゃんと子供たちに愛情を注いで育ててきた母にふさわしい表情をされています。周囲の人たちがそのその姿に心を打たれている描写もあります。誰にでも通じる、時代を超えて伝わる、普遍的な感動がその姿にはあり、観客はその周囲の人たちとそれを共有するのです。

 

木下監督の辞職問題は、二つの出来事から解決を迎えます。ひとつは、煙ったくおもっていたお調子者の便利屋が、「陸軍」で込めた思いを受け取っていて、「あんな映画がもっとみたいな」と言ってくれたこと。そして、母親から「監督に戻りなさい」と言われることです。

このいずれのシーンも素晴らしいものでした。

特に印象に残ったのが、お母さんに説得を受けるシーン。お母さんが手紙に書いた文章を木下監督に読ませて、その内容がお母さんの声で流れるのですが、その一連の流れが1カットなんですよね。声が終わったときにちょうど読み終わる演技をされるのですが、この辺りのタイミングが素晴らしいと思いました。

更にカットを割らず、お母さんからの言葉による説得が始まります。お母さんは病気のせいで言葉が不自由になり、映画中ここまで一言もしゃべっていません。そのお母さんのつたないけど情熱的な言葉に、息子を真剣に応援している想いが伝わり、これまた私は滂沱の涙状態。

途中でひとつ、回想シーンが流れます。映画の冒頭で流れたデビュー作を自宅から通って撮っていたときの出来事です。朝、木下監督が起きると、自分以外の家族が朝日に向かって手を合わせているのです。家族全員、木下監督を応援するためにやっていたのですね。そしてまだ元気だった母親に「誇りにおもう」と伝えられます。

木下監督はその幸せな思い出を忘れてしまっていたのですが、お母さんは「忘れないで」と言います。彼のことをずっと応援していると言いたかったのかもしれませんし、映画を撮るということは、幸せなことなのだと言いたかったのかもしれません。

 

前述したとおり、わざわざ愛する息子たちが苦労するのを知っていて、お母さんは峠越えを選びました。これは木下監督に、「今はこの苦しさを乗り越えて」といいたかったのかと感じました。

木下監督は母の元を離れ、映画作りに戻ります。

 

この後、終戦を迎えて木下監督が撮った映画が紹介されるのですが、それらの中にこの小さな物語の中のちょっとしたディティールの数々が反映されているのですよね。彼は家族の愛情を受けて、それを作品に投影していたことがわかるのです。

特に気になったのが、お母さんは手を合わせるとき、指の先は両手を合わせるのですが、手のひら同士はくっつけず手の中には空間を作るような形であわせるのですね。陸軍の映画でのラストシーンの母親の手の形も同じなのです。印象的なディティールでした。

 

あと、これは映画とは関係ないですが、この映画を観ていて私は親側の視点で見ていたのが、自分でも驚きました。立場としてはまだ木下監督側が近いと思うのですが。この映画は親の愛情が最も大きなテーマだったのかもしれません。

最後の雲は、もちろん戦国大合戦のラストシーンにあったものですよね。同じ空を通じて木下監督の思いは現代の原監督にも伝わっている、という表現でしょうか。

 

それにしても木下監督の作品を現代の我々に紹介しつつ、こんな素晴らしい映画にした原監督の手腕には脱帽です。私も木下監督作品を見たくなりました。

本当に素晴らしい作品でした!